平和啓発ビデオ貸し出し

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○貸出しできる人・・・市内に在住・在勤・在学の個人および市内の法人・団体(市内で活用する場合に限る)

○貸出期間・・・原則として1週間

○貸出料金・・・無料

○貸出方法・・・下記の「申請書」に必要事項を記入の上、総務課に提出してください。
   ※事前にお電話で、貸し出し状況を確認していただくことをお薦めします。

○返却方法・・・下記の「報告書」を添えて総務課窓口までお持ちください。

「申請書」  ※申請書は両面印刷してください。
・平和啓発資料借用申請書(PDF)
・平和啓発資料借用申請書(ワード)

「報告書」
・平和啓発資料使用報告書(PDF)
・平和啓発資料使用報告書(ワード)

ビデオリスト


(1)つるにのって(VHS・アニメ・27分)
 小学6年生の元気な少女とも子は、夏休みのある日、広島の原爆資料館を訪れました。とも子は、平和公園で不思議な少女と出会いました。彼女の名前はサダコ。そして、サダコの案内で、とも子の不思議な冒険が始まります。

(2)「少年H」が見た戦争(VHS・アニメ・25分)
 戦争は戦場だけで起こっているわけではありません。人々の生活やモノ、その国のすべてを巻き込むのです。今も地球のどこかで戦争が起こっています。みなさんと同じくらいの年令の子どもたちが戦争に巻き込まれて苦しんでいるのです。
そして、日本にも戦争をしていた時代がありました。このビデオは、その当時、少年Hの目に映った戦争の記録です。みなさんも、「戦争ってなんだ?」ということを考えてみてください。

(3)かんからさんしん(VHS・アニメ・78分)
 青い海の小さな島に戦争が押し寄せてきた-日本がアメリカと戦争をしていた太平洋戦争の末期、沖縄の小島・津堅島-13歳になったばかりのマサ。人一倍責任感の強い少年は、兵隊に行ってしまった父から預かった家宝を背負い、母親や妹を必死に守ります。
沖縄本土が猛烈な爆撃をうけ陥落、ついに津堅島に米軍が上陸していきます。人々が避難していた洞窟の入り口は爆破され、島は完全に包囲-日本軍に「全員自決」という命令を下され、悲壮な決意で手りゅう弾を手にしたみんなが「最後」を覚悟したとき・・・洞窟の外、はるか遠くから聞こえてくる島唄。歌声は呼びかけます。「みんなが死んだら誰がこの唄を歌い継いでいきますか?」と。そのときマサは手づくりの三味線を響かせ・・・

(4)クロがいた夏(VHS・アニメ・80分)
 ある日伸子は、カラスに襲われている親子のネコに出会います。思わず助けにはいったのですが、お母さんネコは死んでしまいました。子ネコを連れ帰った伸子ですが、お父さんは許してくれません。でも伸子には、子ネコを捨てることができません。子ネコのお母さんから預かった生命なのですから。
やっとお父さんが飼うことを認めてくれてからは、もっと大変でした。なにしろ戦争中だったので人間の食べるものさえ手に入りにくい時代だったのです。クロと名付けた子ネコのおかげで家族の毎日は、それまでの2倍、3倍にも楽しい毎日になりました。でも、ある日突然に・・・・。

(5)ヒロシマに一番電車が走った(VHS・アニメ・30分)
 かけがえのない家族や友を一瞬にして奪い、豊かな街を廃墟に変えてしまった原爆。この死の洗礼を受けた広島の街に、被爆からわずか3日後、路面電車が走り出した。傷つきながらも、必死に生きようとする人々を乗せ、少女車掌の心にも、いつしか生きる気力が芽生え始めていく。

(6)一つの花(VHS・アニメ・23分)
 昭和19年(1944年)の夏、日本は太平洋戦争の真只中、戦況は悪くなるばかり、食べ物も不足していました。まだ二歳にならないゆみ子は、両親と暮らしています。お父さんは、身体が弱いので兵隊にとられず、工場で働いています。幼いゆみ子が覚えた最初の言葉は、「一つだけ、ちょうだい」-いつもおなかをすかしていて”もっと、もっと”とねだるゆみ子に「じゃあね、一つだけ」を分けてくれるお母さんの言葉でした。つらい毎日でしたが、隣の留吉・うめの老夫婦や愛犬ゴン太とも一緒に静かに暮らしていました。
しかし、ついにゆみ子の父にも赤紙(召集令状)が来て、兵隊として戦争に行かねばならなくなりました。

(7)君知ってる?首都炎上(VHS・ドキュメンタリー+アニメ・18分)
 カラフルな光にあふれる街、銀座、にぎわう歩行者天国。この街がかつて戦火に焼きつくされたことを、あなたは知っているだろうか。それは第2次世界大戦の末期、43年前のことだった。1945年3月10日の東京大空襲は、1夜にして10万人以上の生命を奪ったのだ。かろうじて生き残った3人の体験者がその惨状を語る。画面はアニメーションにかわり、その体験をリアルに再現する。そして当時の記録フィルムと写真が。
東京は130回をこえる空襲によって、その6割が廃墟となった。空襲を受けたのは東京だけではない。353回の空襲で200をこえる都市や街が焼かれたのだ。そして原子爆弾が広島と長崎に。第2次世界大戦における日本の被害は、空襲による死者約38万人、その他の民間人死者約30万人、軍人の死者約156万人。世界中では4900万人以上が殺された‐。

(8)夏服の少女たち(VHS・ドキュメンタリー+アニメ・30分)
 昭和20年8月6日、広島の空で炸裂した原爆は20万人もの人々の命を奪いました。そしてなんの罪もない多勢の若者たちも原爆の犠牲となったのです。この朝、旧広島県立第一高等女学校一年生220人は学徒動員で市街の建物取り壊し作業に従事中被爆、全員が亡くなりました。二年生以上の上級生は既に軍需工場に動員されていて不在、一年生は残された最後の労働力として爆心地間近かで作業中だったのです。
この一年生が入学した昭和20年の日本は敗戦目前で物資が極端に不足していました。せっかくあこがれの女学校に入学したものの制服も手に入りません。少女たちは母親たちのお古をほどいて夏用の制服を縫うことにしました。そしてようやく完成した夏服を着た喜びもつかの間、少女たちは8月6日を迎えます。この少女たちのアニメ物語と原爆でボロボロに燃えた少女の夏服を今なお形見として守り続けている年老いた母親たちのドキュメンタリーとを合わせて、忘れることのできない原爆の悲劇を感動的に描きます。

(9)黒い雨にうたれて(VHS・アニメ・90分)
 被爆直後の広島に、放射能をたっぷり含んだ黒い雨が降り注いだ。その死の灰の影響は二世、三世にまで及び、今日なお死の影を生き証人たちの背後に投げかけている。アニメ映画「はだしのゲン」で、真の平和を訴えた中沢啓治が、再び制作に取り組んだ長編アニメの佳作。声の出演に西城秀樹など豪華キャストを配し、喜多朗の音楽が感動を盛り上げる。

(10)キムの十字架(DVD・アニメ・80分)
 明治43年から昭和20年まで日本は朝鮮のすみずみに日本軍と警察を配置し、植民地として支配していました。朝鮮半島の村で育ったジェハとセファン兄弟は、日本に田畑を取られ貧しい暮らしをしていました。
その頃、日本の軍部は、本土決戦最後の拠点として極秘のうちに、大本営、政府各省等を長野県松代に移す計画をすすめていました。この大本営の計画は13キロにもおよぶ地下壕で、日本人だけの労力では、まにあわず朝鮮の人々を強制連行しました。兄のジェハも、突然憲兵に襲われ、無理やり日本に連れていかれてしまいました。
戦争が終わり、やっと朝鮮へ帰れる。・・・そう思った矢先、ジェハは幼い弟セファンもこの松代にいたことを知り必死に探すジェハ。しかし、弟は同胞の身がわりとなってすでに死んでいました。やがてジェハは朝鮮へ帰国する仲間と別れ、一人再び壕の中へ入っていきます。岩を刻むノミの音が何日も続きました。次第に形がはっきりしてくる「十字架」。それは、今も松代地下壕の中に輝いている「キムの十字架」です。

(11)パパ ママ バイバイ(DVD・アニメ・74分)
 おてんばで気の強いかおり(小学3年生)は、お隣に住んでいるちょっとおとなしいユー君(5才)とやんちゃなヤス君(3才)兄弟のまるでお姉さんのように、いつも一緒に遊びまわっています。
ある日、かおりが傷ついた鳩を連れて帰ってきました。鳩ポッポの大好きなヤス君は一生懸命に世話をしました。それを知ったガキ大将の新八が伝書鳩したいからほしい、とかおりに頼みますが、かおりは元気になったら大空に返してあげるのだからダメだときっぱりと断りました。このことに腹を立てた新八は子分とともに何かと3人に意地悪をするのです。しかし、かおりは新八に負けるようなことはありませんでした。
かおりの学校が運動会の日のできごとでした。ファントム機が上空をすごい音を発しながら過ぎてゆき、ユー君、ヤス君のいる家の近くに墜落してしまったのです・・・。

(12)忘れてはイケナイ物語 オキナワ(VHS・ドキュメンタリー・40分)
 2001年夏、東京。都市再開発で騒然となっている雑踏のすぐ裏に、いまも変わらない路地や公園がある。高層ビルに囲まれた商店街でひっそりと暮らしをささえる八百屋もある。街の風景は、ただ通り過ぎてしまえば、平凡なありふれた景色にすぎないけれど、そこに生きる人たちにとってはかけがえのないもの。誰にでも、わすれちゃイケナイことが、ある。それは見過ごしがちな日常の中に隠された、大切なこと。
空間を越えて、街の風景は沖縄の青空へぬけていく。そこは、透明な波の打ちよせる浜辺。佇むひとりの少年・・・・・・。第二次世界大戦で唯一地上戦を体験した沖縄。50年以上たった現在でも、そこにはたくさんの痕跡が残っている。

(13)地雷を踏んだ像[モータラの物語](DVD・ニュース・41分)
 森で人間と一緒に仕事をしていた象のモータラは、ある日地雷を踏んでしまった!左の前足首が砕け散ってしまったモータラは象の病院で大手術を受けることに・・・。
戦争や紛争が続いた東南アジア各地に埋め込まれた数千万個の「地雷」は、人間だけでなく、動物たちをもその“犠牲者”にしているのです。

(14)Testimonies of Hiroshima and Nagasaki:Women Speak Outfor Peace(広島・長崎 女性たちの被爆体験)
(DVD・体験記・84分)
 1945年、広島・長崎に投下された原爆から生き延びた女性たちの痛ましい体験を収めたもので、5ヶ国語に翻訳されています。

(15)100ばんめのサル(DVD・アニメ+ドキュメンタリー・20分)
 九州の幸島に住む子ザルが、ふとしたキッカケからイモを洗って食べることを覚えました。砂がとれ、塩味がついておいしい-その食べ方はどんどん広がって、ついに百番目のサルにまで伝わります。すると不思議なことに、突然島中のサルたちが、そして海を隔てた他の島のサルたちも一斉にイモを洗うようになったのです。この事実から私たち人間は、愛と平和を伝え合う方法を発見できるでしょうか。

(16)太陽をなくした日(DVD・アニメ・20分)
  セミの鳴き声と、下駄の音が響く1945年8月の広島。子どもたちは商店街の中を走り回って遊んでいる。大人たちは戦争の為の訓練に明け暮れているけれど、それは子どもたちには関係のない事。極々ありふれた子どもたちの日常が繰り返されてきた。そして、原爆が投下された朝も・・・何もなければ同じような時間が繰り返されるはずだった。

(17)さよならカバくん(VHS・アニメ・25分)
  昭和20年3月10日東京大空襲のなか、大三郎(9才)と妹の幸子(4才)たちは必死で炎の海から逃れて、おじさんの働いている上野動物園へ避難しました。動物園では、愛嬌のあるカバの大太郎と京子が仲良く暮らしていて、大三郎と幸子はすぐに友だちになりました。
ところがある日、カバたちのプールの水がなくなっていました。カバは水が無ければ生きていけません。肌はカサカサになり、ひび割れ、やがて血の汗が出るのです。体の弱ったカバたちに大三郎は自分のわずかな水筒の水や、カンパンをあげましたが、カバは日に日に痩せていきました。数日後、目を覚ました大三郎は、悲しい知らせを聞くのでした。
 
(18)おばけ煙突のうた(VHS・アニメ・42分)
  1944年(昭和19年)夏。ガンちゃんこと頑太(小6)は、同級生のカッチンこと勝平(小6)に、自分のでっかい夢を打ち明けます。83メートルもある巨大な「おばけ煙突」に登り、煙突にロープを貼って空中を渡るというのです。戦争は次第に激しさを増し、子どもたちも福島へ疎開することになりました。おばけ煙突との悲しい別れです。
年が明けて3月。辛かった疎開から戻ってきたとき「おばけ煙突」は4本の煙突で温かく彼らを迎えてくれました。そして、3月10日。B29の編隊が東京上空に。必死に逃げるカッチンとガンちゃんの一家の頭上に、次々と焼夷弾が降り注いできました・・・