三郷の農家と米づくり

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   hyoudai

 三郷市は東西を大きな河川に挟まれた水の豊かな地域であり、かつては早場米の産地として米づくりが盛んでした。

 本コーナーでは、機械化される以前の米作りに使う道具(農具)や、米作りの流れ、三郷の農家について紹介しています。

 

昭和30年ごろまでのお米ができるまでの流れ(下線のある農具名をクリックすると拡大してご覧いただけます)

[(前年)秋~冬]


 ①田うない

  万能(まんのう)や鍬(くわ)で土を耕す

  大きな家では馬に馬鍬(まぐわ)を引かせて耕す

 ↓

[春]

 万能や鋤(すき)でタノクロ(田の畦(あぜ))を作る                      

 ↓

 苗代(なわしろ)を作る(水車を使って田に水を引く)

 ↓

 田に肥料を施す(肥桶(こえおけ)・汲み柄杓(くみひしゃく)・打ち柄杓を使用する)

            

      田うないのようす(出典※1)               水車をまわして水を引く 

 

 

 ②代(しろ)かき

 馬鍬を牛馬にひかせて土をおこす                    

 

          馬鍬

                      馬鍬をひく(出典※1)

 

 

 ③田植え                               

 家族や近所の人達と協力して田植えを行う(苗籠(なえかご)・天秤棒(てんびんぼう)を使用する)

田植え

                    田植えのようす

 

[夏]

 ④除草

 こすり棒、ハッタンコロガシなどを使って除草する

 

 

 ⑤用水管理

 モクカリ鎌(藻刈鎌)、じょれん等で用水路を掃除する

[秋]                     

 ⑥稲刈り

 鎌で稲を根元から刈る

稲刈り         稲刈りの様子

      稲刈りをする人々(出典※1)                 稲刈りのようす

 


 ⑦稲架(はさ)                                

 刈った稲を稲架やハンノキで干す

ハンノキ

                 稲架に稲をかけているようす

 

 

 ⑧脱穀

  千歯こきで脱穀する              

 穂が切れてしまったものはくるり棒でツタッカ打ちする

      くるり棒    脱穀

        くるり棒(出典※1)                 共同の脱穀作業

 

 

 調整                                 

 莚(むしろ)の上でかえし棒を使って籾(もみ)を広げて干す

 ↓

 土摺臼(どずるす)を使って籾すりする

 ↓

 唐箕ふるいを使って選別する                              

かえし棒           選別

      かえし棒を使って籾を干す(出典※1)           選別風景(出典※1)

 

 

 ⑩出荷

 選別したお米をかますに入れ、棹秤(さおばかり)で重さをはかる

出荷

                    出荷のようす

 

[冬]

 ⑪加工                               

 残った藁(わら)を使って莚(むしろ)や(たわら)、しめ縄などを作ったり、押切(おしきり)で切って家畜のえさにする

 

しめ縄

                     しめ縄作り

 

その他の道具

 ・一斗枡(いっとます)

 ・(みの)

 ・電動藁切り機

郷土資料館常設展「お米ができるまで」展示室写真

    資料館写真

三郷の農家

 伝統的な日本の民家を、三郷市内にかつてあった建物を取りあげながら紹介します。

 ※民家とは:庶民の住まい=農家・漁家・町家などの総称です。民俗建築、民家建築とも呼びます。貴族住宅、武家住宅、現代の住宅とは区別されています。

彦音・旧千代田家主家(おもや)

 写真と図面で紹介している農家は、平成20年(2008年)に解体された三郷市彦音に江戸時代から代々続く地主農家の千代田家住宅です。

 この主家が解体されることになったため、市の教育委員会が記録保存する目的で、調査を実施しました。調査結果から、建築年代は江戸時代後期から明治時代頃と推定された、この地域の典型的な近世農家の規模と配置形態を残す建物です。

 主家は南向きで、桁行(けたゆき)(東西)19.5m・梁間(はりま)(南北)11.8mの茅葺(かやぶき)の寄棟(よせむね)造りで、主屋の西には米蔵、東南には、農機小屋が2棟ありました。西に位置する5間×2間の米蔵は、2階建てで、周囲より1尺(約30㎝)高く盛られた水塚(ミズカ)の上に建てられていました。

 水塚は、水害が多い三郷周辺で、増水の被害を防ぐために作られた土を盛った施設です。

  千代田家

                (画像をクリックすると拡大できます)

 

 

農家の模型

  この模型は、平成3年(1991年)に三郷市茂田井の海老原義雄氏が、大正時代の旧早稲田村の農家をモデルに作成されたものです。図は、この模型内部の間取図です。

 海老原氏は、多くの住宅を建てた大工職人で、その経験と知識を生かし、三郷の昔ながらの情景を再現されました。縮尺は30分の1で、規模は8間(15.5m)×5間(9.0m)、柱の構造から農家の主家内部の隅々・細部に至るまで忠実に作製されており、主家の手前には各種農具も並んでいます。主家の隣には、厩(うまや)(作業所兼馬屋)があります。

 
                                                 農家1  納屋

          主家                       厩(作業所兼馬屋)

               (画像をクリックすると拡大できます)

 

 

   間取り図

               間取り図(画像をクリックすると拡大できます)

 

郷土資料館常設展「三郷の農家」展示室写真

 

  展示室

 

〔参考文献・写真出典〕

『三郷市史 9巻 民俗編』三郷市史編さん委員会編

『図説民俗建築大辞典』日本民俗建築学会編

『三郷のあゆみ』三郷市史編さん委員会編

『埼玉の民俗写真集』埼玉県編 ※1

『日本民具辞典』日本民俗学会編