三郷の写し霊場「新四国四箇領八十八箇所霊場」をめぐってみよう

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三郷市の写し霊場「新四国四箇領八十八箇所霊場」をめぐってみよう

 鉄道や飛行機など様々な交通手段がある今、多くの人が旅を楽しんでいます。中でも神社・仏閣めぐりは人気のあるパワースポットめぐりとして、全国各地で行われています。

 

 このように人々が旅を楽しむ原点の一つに、江戸時代に旅が盛んになったことがあげられます。旅が盛んになったといっても、人々の移動手段は基本的に徒歩でした。そのため、体調面や移動時間、宿泊費等の問題が大きく影響し、旅をしたくてもできない人もいました。

 そこで設立されたのが「写(うつ)し霊場(れいじょう)」です。「写し霊場」とは、 札所(ふだしょ)として指定された場所を 巡礼(じゅんれい)することで、本場の霊場( 四国八十八箇所霊場(しこくはちじゅう はちかしょれいじょう)や西国三十三箇所観音霊場(さいごくさんじゅうさんかしょかんのんれいじょう)などを巡礼したことと同じご利益(りやく)が得られるとされました。現在も「新四国霊場(しんしこくれいじょう)」などの名前で全国に見られます。

 

 今回紹介する「新四国四箇領八十八箇所霊場(しんしこくしかりょうはちじゅうはちかしょれいじょう)」は三郷市周辺で設立された「写し霊場」のひとつです。

 それでは、地元の「写し霊場」についてひも解いていきましょう。        

 

三郷市の写し霊場「新四国八十八箇所霊場」とはなんだろう

  まずは、三郷市にある写し霊場「新四国四箇領八十八箇所霊場」とはどんなものかみてみましょう

 

市内の札所を巡ろう

   市内にある札所を番号順に紹介します

 

 

 

  まだまだある霊場のあしあと

     市内には、札所である寺院以外にも写し霊場の痕跡が残っています

 

 

新四国四箇領八十八箇所霊場札所

 

  

 各札所でみられる石柱などは道路の拡張工事などによって今後失われる可能性が非常に高いものです。普段は意識せずとも、ふとしたときに「三郷にも歴史を感じさせるものがあるんだ」と興味を持つとともに、地域の文化財を守っていく意味について考えるきっかけになれば幸いです。

 

 更に詳しく知りたい方は、『葦のみち』29号掲載の、「歴史民俗講座 三郷市内の写し霊場―新四国四箇領八十八箇所霊場―」や、参考文献をご覧ください。

※掲載内容は発行当時のものです。情報が更新されている場合があります。

 


用語解説

○札所(ふだしょ)

 参詣(さんけい)してまわる霊場=寺院のことで、参詣した証に札を奉納(ほうのう)する習慣から、「札所」という名がつきました。

 

○巡礼(じゅんれい)

霊場(れいじょう、神仏の霊験あらたかな土地のことで、神社や仏閣などがある神聖な場所のことです)を参拝(さんぱい)してまわること、また巡礼をする人のことをいいます。「順礼」とも書きます。

 

○四国八十八箇所霊場(しこくはちじゅうはちかしょれいじょう)

 「お遍路さん」、「四国遍路」ともよばれます。平安初期に真言宗(しんごんしゅう)を開いた弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)ゆかりの地を巡礼します。

弘法大師空海は、讃岐国(さぬきのくに、香川県)出身で、高野山(こうやさん、和歌山県)や東寺(とうじ、京都府)を天皇から賜り、様々な功績を残しています。四国地方で修業をしており、その際に寺院を選んで四国八十八箇所霊場を開いたと伝えられています。

江戸時代初期の頃より人々が巡礼するようになり、今も多くの人が巡礼しています。

 

参考文献

葛飾区編『増補葛飾区史 上』(葛飾区、1985年)

八潮市編『八潮市史 民俗編』(八潮市、1985年)

八潮市編『八潮市史 通史Ⅰ』(八潮市史編さん委員会、1989年)

八潮市編『八潮市史 通史Ⅱ』(八潮市史編さん委員会、1989年)

三郷市史編さん委員会編『三郷市史第9巻民俗編』(三郷市、1991年)

三郷市史編さん委員会編『三郷市史第6巻通史編Ⅰ』(三郷市、1995年)

三郷市史編さん委員会編『三郷市史第7巻通史編Ⅱ』(三郷市、1997年)

 

「三郷市史」の閲覧・販売について

参考文献にある「三郷市史(全10巻)、図書館での閲覧、電子図書館での閲覧が可能です。

 

リンク: 三郷市図書館HP

     三郷市電子図書館

 

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