北条ふとしさんインタビュー(広報みさと9月号掲載)
広報みさと9月号(P.4~9)に掲載した特集記事「認知症になっても、自分らしく。」で認知症のご家族の介護の経験についてお話しいただきました北条ふとしさんのインタビュー全文をご紹介します。
プロフィール
吉本興業所属。埼玉県住みます芸人として活動するほか、マツコ・デラックスのそっくりさんとして市内のイベントに多数出演。両親の介護を機に介護の世界に携わり、認知症介助士、レクリエーション介護士2級、キャラバン・メイト※などの資格を取得し、講演会など多方面で活躍中。
※認知症のかたやその家族を応援する「認知症サポーター」を養成する講座の講師。

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インタビュー全文
1.お母様が認知症かもしれないと気が付いたきっかけ
母は認知症になる1年ほど前からガンの治療を続けていて、コロナ禍だったこともあり、以前に比べて家族と接する機会が減っていました。そんな中で、母の友達から「最近お母さんの様子がおかしいから、ちょっと見てあげて」と連絡があり、病院で検査を受けたところ、認知症の可能性があることが分かりました。
2.お母様が認知症だと診断されたときの気持ち
まさかという気持ちで非常にショックでした。当時は認知症に対して、物忘れをしたり、怒りっぽくなったり、徘徊したりするというネガティブなイメージしかありませんでした。母自身も、自分が物忘れをしてしまうことにショックを受けている様子でした。
3.介護の日々での気持ちの変化
それまで認知症について全く知識がなかったので、インターネットで調べて、さまざまな資料を穴が開くほど読みました。その過程でまず気付いたのは「認知症はとても身近な病気」だということ。ゆくゆくは5人に1人が認知症になる時代が来るかもしれないと知り、極端な話ですが、風邪と同じくらい誰もがなりうる病気だと感じたんです。そして、少し無理やりではありましたが、気持ちをシフトチェンジし、自分自身を納得させました。
そこからは、母に余生をどのように過ごしてほしいかを徐々に考えるようになっていき、お笑いをやっている僕としては「母に笑っていてほしい」という気持ちが一番でした。母が笑顔でいるためにはどうしたらいいのか、母と一緒に何ができるか、何をしたら母は喜び、僕自身も楽しめるのか…そこから、母と接する時間がすごく長くなりましたね。
4.認知症のかたへの接し方について
昔の記憶、特に音の記憶が残りやすいと聞いたことがあったので、母が好きな昔の歌を流すようにしました。認知症でもリズムは覚えていて、歌詞も大体は覚えているけれど、いつも同じところで間違えてしまう。そんな時は、その歌詞だとここがおかしいんじゃない?と少しずつヒントを出して、また考えてもらいました。それを何回か繰り返すうちに、正しい歌詞を思い出せるようになったんです。
認知症になると何もかも忘れてしまうと思われがちですが、必ずしもそうではなく、集中して考えることで思い出せる場合があると思うんです。でも、無理に考えさせようとすると、お互いに嫌な思いをするので、昔の歌など、本人が好きなものを取り入れて、楽しみながら思い出してもらえるように工夫しました。
5.家族にできること
母の介護を通じて、自分自身の無力さに気が付きました。結局、ただ愛情を持って接することしかできませんでしたが、今思えば、それが一番重要だったと思います。
認知症のかたは、すぐに忘れてしまうだけで、言われていることや周囲の状況は理解しているはずです。母自身も、認知症になってから、周囲のかたに「ありがとう」と言うことが増えました。家族にできることは、認知症のかたのそのような状態を理解し、愛情を持って接することだと思います。
6.今、介護をしているかたに伝えたいこと
介護をしていると、イライラして怒ってしまって、後ですごく反省するということが、誰にでもあると思います。でも、落ち込まずに次に向けて気持ちを切り替えてほしいと思います。
認知症のかたには、不安な気持ちではなく喜びの部分だけを伝えてあげるようにすればいいんです。
7.介護の日々の全体を通して、どのように感じたか
インタビュー時の様子
やっぱり大変で、辛いことも多かったと思います。
でもそれよりも、一緒に過ごした時間や楽しかった時間、笑い合った時間の方を多く思い出します。
更新日:2024年09月13日